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大阪地方裁判所 平成2年(行ク)33号 決定

申立人

メドラーノ・ヨランダ

メドラーノ・マリ

右法定代理人親権者母

メドラーノ・ヨランダ

右両名代理人弁護士

養父知美

丹羽雅雄

永嶋里枝

茂木鉄平

向井秀史

上原康夫

相手方

大阪入国管理局主任審査官

廣瀬和孝

右指定代理人

小久保孝雄

外七名

主文

一  相手方が申立人らに対し平成二年八月二一日付で発付した各退去強制令書に基づく執行は、その送還部分に限り、本案訴訟の第一審判決言渡しまで停止する。

二  申立人らのその余の申立を却下する。

三  申立費用はこれを二分し、その一を申立人らの連帯負担とし、その余を相手方の負担とする。

理由

一申立人らの在留経過等

本件記録によれば、次の事実が疎明されている。

1  申立人メドラーノ・ヨランダ(以下「申立人ヨランダ」という。)は、昭和三四年四月一日、フィリピン共和国において、同国人である父母の第五子として出生したフィリピン国人である。同人は、本国の大学を二年で中退後、ホテルの従業員として稼働していたが、給料が低かったことから、日本で働くことを決意し、昭和五六年八月二九日、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四条一項九号に該当する者として、六〇日間の在留期間で本邦への上陸を許可された。

2  申立人ヨランダは、右入国後、徳島市内でスナックのホステスとして働き、昭和五六年一一月六日には、高松入国管理局小松島港出張所において、在留期間を同年一二月二七日までとする在留期間更新許可を受けた。そして、右在留期間中である同年一二月二四日に、小松島市役所に日本人岡田廣行との婚姻を届け出た。

3  申立人ヨランダは、同年一二月二八日、一旦フィリピンに帰国したが、翌昭和五七年六月六日、岡田との同居のため再度来日し、法四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成元年五月二四日法務省令第一五号による改正前。以下「規則」という。)三条一号の在留資格を有する者として、六か月間の在留期間で上陸を許可され、徳島県小松島市内で岡田と結婚生活を続けながらスナックのホステスとして稼働するようになった。

その後、申立人ヨランダは、前記小松島港出張所において、昭和五七年一一月一二日及び昭和五八年六月三日の二回にわたりそれぞれ在留期間を六か月とする在留期間の更新許可を受けた。

4  申立人ヨランダは、岡田が仕事をせずに申立人ヨランダの収入に頼るようになったことなどから次第に岡田と不仲となり、岡田方を家出して、昭和五八年七月ころから、大阪府下のスナックでホステスとして働くようになった。間もなく、右スナックの客である小牟田正一と知り合い、大阪市住吉区清水丘三丁目八番八号府営住宅二一三号の同人方で、同人及びその家族と同居するようになった。申立人ヨランダ及び小牟田は、申立人ヨランダと岡田との間の離婚を成立させ、婚姻をすることを望み、同年一一月には、連れ立って岡田を訪ね、離婚を申し出たが、ただちには、離婚の協議は整わなかった。

5  申立人ヨランダは、先に付与された在留期間の更新許可が得られなかったことなどから、同年一一月三日、一旦フィリピンに帰国した。しかし、小牟田の子を妊娠中であったので、岡田と離婚して小牟田と婚姻するために、翌昭和五九年二月八日、再び来日し、法四条一項四号の在留資格を有する者として、三〇日の在留期間で上陸を許可され、再び、前記小牟田方において、小牟田及びその家族と同居した。

6  申立人ヨランダは、右入国後、小牟田とともに徳島に赴き、岡田に離婚に応じてくれるよう頼んだが、岡田はこれを承諾しなかったため、岡田との離婚も成立しないまま、右の在留期間が経過し、申立人ヨランダは、昭和五九年三月九日を超えて不法に残留するに至った。しかし、その当時、申立人ヨランダは出産間近の身であったこと、岡田との離婚成立後結婚をしたいとの申立人ヨランダ及び小牟田の希望に変化はなかったことなどから、そのまま小牟田との同居生活を続けた。

7  申立人ヨランダは、昭和五九年五月一四日、申立人メドラーノ・マリ(以下「申立人マリ」という。)を出産し、同年九月八日、岡田を父親として大阪市住吉区役所に出生届をした。

8  申立人ヨランダは、申立人マリの出生後の昭和六二年一月ころ、小牟田とともに前記小牟田方近くのマンション(大阪市住吉区清水丘二丁目一〇番二四号)へ転居し、小牟田の家族とも家族的な交流を続けながら、親子三人の生活を続けてきた。その間にも、小牟田は、申立人ヨランダと岡田との離婚を実現するために、岡田と電話で交渉をしたが、岡田がこれに応じない状況が続いた。そのような中で、小牟田は、他の女性と親密な交際をするようになり、同年九月ころ、右マンションを出て、申立人ヨランダと別居するに至った。

9  申立人マリは、昭和六三年一二月二日徳島家庭裁判所において、岡田との間に親子関係が存在しない旨の審判を受け(同月二二日確定)、また、平成元年二月二八日大阪家庭裁判所において、小牟田の認知を受ける審判を受けた(同年三月一七日確定)。

右親子関係不存在確認審判により、申立人マリは日本国籍を喪失したため、平成元年一月二〇日、法二二条の二第二項により、在留資格の取得を申請したが、法務大臣はこれを不許可とした。

10  この間、申立人ヨランダは、平成元年一月一三日、岡田と協議離婚をした。

11  申立人ヨランダの本邦在留は、通算すると九年近くになるが、その間、外国人登録法違反の罪により、昭和五六年一二月二二日に罰金刑に、同法違反及び出入国管理及び難民認定法違反の罪により、同六二年三月六日に懲役一年(執行猶予二年間)に処せられた以外には非行はなく、現在も、肩書住居地において、申立人マリと二人で平穏な生活を続けている。

12  申立人マリは、現在は、地元の幼稚園に通園しており、学齢に達する平成三年四月からは地元の小学校に入学する予定である。申立人マリは、日本語しか話せない。

13  小牟田は、現在は、他の女性と結婚をしており、申立人ヨランダと結婚をする意思はないが、申立人マリに対しては、父親としての責任を果たしたいと希望し、その旨の法務大臣宛の嘆願書も提出しているし、申立人らの仮放免に当たっては、身元保証人となっている。

二退去強制令書発付手続等

1  大阪入国管理局入国審査官は、申立人ヨランダの不法残留の事実につき審査を行った結果、平成元年三月二三日、法二四条四号ロに該当する旨の認定を行って、これを申立人ヨランダに通知した。申立人ヨランダは、同局特別審査官に口頭審理を請求したので、同審査官は、口頭審理を行った結果、平成二年五月二一日、前記認定に誤りがない旨判定し、申立人ヨランダに通知した。申立人ヨランダは、同日右判定に対し、法務大臣に異議の申出をしたところ、同年七月二七日、法務大臣は、右異議の申出は理由がない旨裁決し、その通知を受けた相手方は、同年八月二一日、右裁決を申立人ヨランダに告知するとともに、本件退去強制令書を発付したが、同日、申立人ヨランダに対し、指定居住地を肩書住居地として仮放免を許可した。

2  大阪入国管理局入国審査官は、申立人マリの不法残留の事実につき審査を行った結果、平成元年九月一九日、法二四条七号に該当する旨の認定を行って、これを申立人マリに通知した。申立人マリは、同局特別審査官に口頭審理を請求したので、同審査官は、口頭審理を行った結果、平成二年五月二二日、前記認定に誤りがない旨判定し、申立人マリに通知した。そこで、申立人マリは、同日右判定に対し、法務大臣に異議の申出をしたところ、同年七月二七日、法務大臣は、右異議の申出は理由がない旨裁決し、その通知を受けた相手方は、同年八月二一日、右裁決を申立人マリに告知するとともに、本件退去強制令書を発付したが、同日、申立人マリに対し、指定居住地を肩書住居地として仮放免を許可した。

3  相手方は、申立人らの自費出国を推進するため右の各仮放免許可を行った。右各放免許可の期間は、現在まで一か月ごとに更新が続けられており、許可の理由が継続するかぎり、相手方は今後も右期間を更新する方針である。

三回復困難な損害を避けるための緊急の必要性

行政事件訴訟法二五条二項に規定する「回復困難な損害」とは、後に本案訴訟において原告の請求が認容されても、もはや原状回復が不可能又は困難な損害であって、しかも、金銭賠償という形での損害の回復を受忍させることが相当でない損害をいうものと解される。そこで、本件について、右のような損害を避けるために、本件退去強制令書の執行を停止すべき緊急の必要性があると認められるか否かについて検討する。

1  送還部分の執行について

申立人らが本件退去強制令書に基づく送還部分の執行により、フィリピンに送還されると、申立人らは、本邦での生活の継続を希望しているにもかかわらず、本邦における生活そのものを奪われフィリピンにおける生活を余儀なくされるという、居住の自由にかかわる不利益を受けるのみならず、申立人マリは、実父小牟田との面会も困難にならざるを得ない。そして、本件退去強制令書の送還部分の執行が完了したときは、本案訴訟における訴えの利益が消滅し、本案訴訟による救済が受けられなくなるおそれがあるうえ、他に、申立人らにおいて、本件退去強制令書の発付処分の適否の司法審査を受け、再入国その他送還の執行前に申立人らが置かれていた原状を回復し得る制度的な保障もない。これらの事実にかんがみると、送還部分の執行により、申立人らが受ける損害は、原状回復が不可能又は困難な損害であって、しかも、金銭賠償という形での損害の回復を受忍させることが相当でないものというべきであって、この損害を避けるためには、本件退去強制令書に基づく送還部分の執行を停止すべき緊急の必要性がある。

2  収容部分の執行について

本件退去強制令書に基づく収容部分が執行された場合、申立人らは、その行動に制約を受け、肉体的、精神的苦痛を受けることは認められる。しかし、収容によって一般的に生じるこのような損害は、社会通念上金銭賠償による回復をもって満足することもやむを得ない性質のものであり、申立人らの主張する損害も、右のような損害の域を出るものではない。したがって、本件退去強制令書に基づく収容部分の執行により、申立人らに回復困難な損害が生じるものとの疎明はないといわざるを得ない。

加えて、前記二の3に認定のとおり、申立人らは、それぞれ仮放免の許可を受けており、右許可はその理由が存続する限り、その期間の更新が継続される見込みであるというのであるから、送還部分の執行が停止された場合には、申立人らの身柄を確保すべき特別の事情の生じない限り、早急に申立人らを収容する必要性もなくなり、右仮放免の許可が更新され続ける蓋然性も高い。したがって、収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性があるということもできない。

四本案の理由

相手方は、本件申立ては「本案について理由がないとみえるとき」にあたると主張するが、法務大臣が本件各裁決にあたって特別在留許可を与えなかったことに裁量権を逸脱した違法があるという申立人らの主張は、前記一に認定した事実に照らし、明らかに失当であるとはいえないから、本案について理由がないとみえると断定することはできない。

すなわち、前記一に認定のとおり、申立人ヨランダは法二四条四号ロに、申立人マリは法二四条七号に該当することが明らかである。しかし、法務大臣は、申立人らの異議申出に理由がないと認めたときでも、なお特別な事情が認められるときは、法五〇条に基づき、特別在留許可を与えることができる。右許可は、法務大臣の広範な自由裁量に属する行為であるが、特別在留許可をすべき事情があると認めないことが、社会通念に照し著しく妥当性を欠くような場合は、その裁決は、法務大臣が有する裁量権を逸脱濫用するものとして違法な処分といわざるを得ない。そして、法務大臣がする右判断の基礎となる事実は、事柄の性質上、広範にしてかつ流動的な要素を持つものであり、また、その事実の評価も微妙な総合判断にかかるもので、一義的な判断基準は存在しないものと考えられる。前記一に認定した事実によれば、申立人ヨランダの本邦における在留は、その当初においては適法なものであり、かつ、当初から在留期間経過後も不法に在留を継続することを企図したものではなかったこと、申立人ヨランダが、適法な在留期間を超えて本邦に在留するに至ったのは、出産を間近に控えていたうえ、間もなく日本人男性と婚姻し、その配偶者としての在留資格を得られる見込みを持っていたためであること、申立人ヨランダは、九年近くもの長期間本邦に居住し、外事法違反事件を除けば非行もなく平穏に生活してきたこと、申立人マリは、日本人男性の子であるうえ、日本で生まれ育ち、日本語しか話せず、来春には小学校に入学することが予定されており、本邦との密着の度合いが強いことなど特別在留許可の判断にあたって申立人らに有利に酌むべき事情も存在する。これらの事情に照らせば、本件各裁決について、第一審における本案審理を経る余地がないほどに、申立人らの主張する違法がないと断定することはできないというべきである。

五公共の福祉に及ぼす影響

本件記録を子細に検討しても、本件各退去強制令書に基づく送還部分の執行を停止することによって、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを一応認めるに足る疎明はない。

六結論

以上によれば、申立人らの本件各申立は、本件各退去強制令書に基づく送還部分の執行停止を求める限度で、かつ、本案訴訟の第一審判決言渡しまでの期間に限って理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下し、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁裁判官綿引万里子 裁判官庄司芳男 裁判官森炎)

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